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ヤマハ発動機ブロガーマリン体験会に参加!座学編

この記事は約5分11秒で読めます

大熊です、マナミです。先月ヤマハ発動機株式会社さんの「ブロガーマリン体験会」に参加させていただきました。「ヤマハってピアノじゃないの?」「いや、ヤマハといえばバイクだ! WGP(MotoGP)だ!」という方に、ヤマハ発動機さんのマリン事業についてお伝えしたいと思います。(マリン・アクティビティ体験編はこの次に!)

ヤマハ発動機とは

「ヤマハ発動機」はエンジンをつくる会社

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ヤマハ発動機は1955年に楽器メーカーのヤマハ株式会社の二輪部門が独立してできた会社。最初はバイクの製造を主な業務としていたそうです。上掲の写真は一番最初につくられたバイクです。今でも格好いいと感じる、モダンで高級感のあるデザインが特徴。荷台などに自転車の面影を持ちつつ、丸みのあるデザインは、当時からすれば非常に斬新だったようです。何よりも、色に特徴があったとか。それまで市場に流通していたのは黒いバイクばかりだったそうですが、ご覧のように、こちらは「栗毛サラブレッドをイメージしたカラー」。

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むき出しになった黄色のビニル・チューブの耐久性は大丈夫だったのだろうか、ということが気になったので、なぜかここだけ大写しで撮影してしまいました。

日本楽器製造からヤマハ発動機へ

手元の資料を参考にしつつ、なぜ、ピアノ、二輪自動車の会社がマリン事業を展開することになったのか、とてもおもしろいエピソードなので、ご紹介したいと思います。

もともと、ヤマハは日本楽器製造という楽器の会社。おなじみのピアノは、ご存知の通り、木材と金属とでできています。繊細な楽器を作るための高度な木工技術と金属加工技術は、戦時中、航空機用のプロペラを製造する技術としても、その能力を大いに発揮していました。戦後は、この軍需技術と設備を活かした事業として、(当時は自動車よりも日常的に消費されていた?)二輪車の開発に着手することになったようです。

日本楽器製造(ヤマハ)四代目社長 川上源一氏が欧米視察旅行へ行った際、アメリカのマリン・アクティビティに触れ、日本も同じように海でのレジャーを楽しむ時代が来るはず、と考え、ヨットを購入して帰国したそうです。1953年。折しも日本は高度経済成長期へ突入する前、いまだ戦争の傷跡が残る時代であります。焼け野原からの復興の途中、転じて当時のアメリカのリゾート地は、川上氏にどれほど優雅に見えただろうか……と考えれば、もしかしたら、川上氏にとってマリンレジャーは豊かさの象徴となっていたのではないかと思わずにいられません。

さて。マリンレジャーについてより深く学ぶため、アメリカで購入したボートを浜名湖で運転していたところ、どうも船外機の故障が多かったそうです。そこで川上氏が考えたのは、「エンジンを作っている自社でもボートの船外機を作ることができる」ということ。そうして、1957年から船外機の事業化を開始するに至ったそうです。1955年に、日本楽器製造(ヤマハ)から独立して川上氏はヤマハ発動機創業者、初代社長に就任した後のことでした。

川上氏の歩みを見てみると、元の楽器製造から離れて、発動機の会社として独立し、更にマリン事業を展開したりと、社長自身がとても行動的。思いつきを実行に移し、さらに成功させるというのは並大抵のことではないと思います。かっこいい。

ヤマハ発動機のマリン事業

マリン事業のうちわけ

ヤマハ発動機はどちらかと言えば二輪車の方が認知度が高いようですが、通称「海軍」と呼ばれるマリン事業部の業務内容は、船の製造販売だけではありません。

船といっても、船外機から始まり、ボートのためのガラス繊維強化プラスティック(以降FRP)、ボート(船体)、FRPを利用したプール、水上オートバイと規模を広げていきます。

そして、上記の製造業を核としながらも、マリンレジャー文化を育むための関連事業も展開しています。今回のブロガーマリン体験会でわたしたちが楽しんだウェイクボードやバナナボート、モータージェットなどのマリン・アクティビティ体験イベントや、船舶免許の講習、ボートレンタルなどです。

ちなみに、今回参加させていただいたブロガーマリン体験会は、「海軍」の広報の方々にエスコート・ガイドしていただきました。皆さんのお人柄がよくて、ヤマハ発動機のファンになって帰ってきました……。関わっている人たちを好きになると、自然に応援したいという気持ちが湧いてきますね。

マリーナの経営

船を買ったとして、使わない時はどうするのか……。一定以上の重さの船は、船籍登録をしなければいけないようですが、そういったことを乗り越えてもなお、船を所有するというのは、車を所有するよりも場所を選ぶ分、とてもハードルが高い。

船を購入したオーナーに便宜をはかって、ヤマハ発動機では、船を預かり、維持管理してくれるマリーナの経営をしています。なんと、全国140ヶ所にも。このマリーナは、後述するシースタイルの会場にもなっています。いわゆる「海」だけでなく、浜名湖や霞ヶ浦にだってある。沖縄や北海道、観光地にももちろんある。さらには、海外ハワイにも!

ヤマハボート免許教室

操縦者付きの豪華客船を購入するならともかく、ボートを購入するなら、免許がなければ運転できません。ということで、ヤマハ発動機はボート免許講習を開いています。試験日を合わせてわずか3日で小型船舶操縦士免許を取得することができます。ヤマハボート免許教室は「実技国家試験免除コース」がある教習所。実技は教習を受けるだけで、試験がいらなくなるという嬉しい教室なのです。……わたし、免許、取ろうと思います。

マリンクラブ・シースタイル

マリーナで触れましたが、シースタイルは、ボートのレンタルや、免許がなくても気軽にマリン・アクティビティや釣りが楽しめるマリンクラブ。

レンタルボートはマリンクラブ・シースタイル – マリン製品 | ヤマハ発動機株式会社

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5人くらい集まれば、飲み会に行くくらいの金額でボートを借りて楽しむことができるというのが魅力。時間と場所によっては、カラオケよりも安い。加えて、自分たちのスペース(船)で、自分たちだけの時間を過ごすことができるのは、やっぱり素敵だと思うのです。
ウェイクボードやバナナボート、モータージェットなどの海遊びプランなら、毎回海の様子が同じとは限らないので、飽きずに遊べそう。

ハワイに行った時に、シースタイルでボートを借りて、ダイビングというのも素敵。

このように、ヤマハ発動機の多角的な事業は、普段は海に縁がないわたしにとって、非常に魅力的でした。もちろん、そう感じたのは、実際に体験したから、というのが一番の理由です。また記事を別にして、マリン・アクティビティを楽しんだ様子をレポートしたいと思います。

[info]
「1泊2日開催!ヤマハ発動機 ブロガーマリン体験会」
【主催】ヤマハ発動機株式会社
【運営】アジャイルメディア・ネットワーク株式会社[/info]

雑感:生活の中の船

水の都ベニスに劣らず、運河都市江戸では、輸送移動手段として船を使うことは、身近で日常的なことでした。運河の整備は、百万都市の生活を支えるために必須であった……ということを日本史で勉強した記憶があります。登場人物が渡し賃を先頭に支払うシーンは、幾度となく時代劇で見たことがあります。吉原へ行く前に旦那達が寄る「茶屋」へは、船で行くことが作法であったようです。また、歌舞伎などでは舟で釣りを楽しんだり、夜舟で飲めや歌えの宴会をしている様が描かれていたり(河竹黙阿弥『十六夜清心』でも、その場面があります。)と、船の役割はただの移動手段だけではありませんでした。

しかし、かつて江戸であった現代東京において、川は道路の下に隠された存在に変わってしまったように思います。網の目のように走る首都高の下に、緩やかに流れる川を見下ろすことができますが、普段はその川がどこからどこを通っているのか、どちらが上流なのかも意識することがありません。

昔使っていたものを大切にする、文化を大切にするという観点からも、もう少し川や海、船というものに再度注目しても良いように思うのです。大河や時代劇で描かれる戦や討ち入りも面白いけれど、都市としての東京の歴史を今一度見なおして、その中で運河の役割を再考できたらいいのに、と思います。

自動車や電車と同じとはいきませんが、観光目的で遊覧船に乗るだけでなく、日常的な移動手段や遊び道具として船が使われていくと面白いのではないかと考えています。

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